降り積もるガラクタに
別れすら告げなかった
「大っ嫌い! みんな死んじゃえばいいのに!」
ヒステリックな絶叫に驚いた拍子に、氷とレモンが残されたグラスが手の平から転がり落ちた。
いけない、床に落ちる寸前にキャッチして溜息を吐いた瞬間、母親に置き去りにされた子供みたいな泣き声が
波の音と一緒に砂浜で弾けた。
しんじゃえ、みんなしんじゃえ、だいっきらいなの、ねえ聞こえる、かみさま。
世界に絶望しているはた迷惑な少女の叫び、けれどどこか可愛げがあって憎めない叫び。
同じ言葉を繰り返し続ける呪詛は、打ち寄せる波飛沫でもさらえない程しぶといらしく、キリヤの耳までしかと届いた。
そのみんなってやつに俺も入っているんだろうか?
そんな事をふっ、と思って風と日差しの強い砂浜を見渡してみたが、細い体で泣きじゃくる彼女しか人影らしいものは見当たらない。
客足の鈍い風化した海辺のカフェなんて目に入らない、とばかりに彼女は痛ましげな声をあげて大粒の涙のあとを砂浜にパタ、パタと
残しながらキリヤの前を裸足で通り過ぎて行く。
その時、キリヤの背筋に震えが走った。
白いレースがあしらわれたワンピースと揃いのつば広の帽子が穏やかにはためき、炎天下に似合わないなめらかな素肌が日の光で眩く輝く。
青空と海に溶けてしまいそうながら颯爽とした姿は、さながら翼を広げて風に乗る一羽のカモメのようだった。
けれど一度暴風雨が吹きつければ、その羽根は、体は、バラバラにもげて散らばってしまいそうで。
息を呑むほど可憐でフラジャイルなカモメ、みたいな女の子に見えた。心臓を焦がすような衝撃が襲ってくる。
見惚れる暇も惜しくて、キリヤは走り出していた。
「待って! カモメさん!」
レインドロップのように流れる涙を払う手をピタリと止めて、カモメの少女が振り向いた。
見開かれた目には驚きが浮かんでいる。
「カモメって、私のこと?」
彼女との距離を一歩まで詰めた所で弾む息を落ち着かせて、キリヤは静かにええと頷いた。
間近で見た彼女の瞳は海と空の色を吸いこんで深い青を宿していた。
その眼差しに迷子になりそうでドキリとする。
白い頬に影を落とすほど長い睫毛に引っ掛かった涙の粒は、空を映したまま砂に染み込んでいった。
マリンブルーの双眸が、宇宙を翔ける星屑を抱いたカモメに想われた。
突然カモメ呼ばわりされるという奇妙に、彼女は怒りもしなかった。むしろ楽しそうに微笑んだ。
「いいわね、カモメ。白くて綺麗で、自由に空を飛んで、死んでいく。ねぇ、君。カモメは死んだら何処へ行くの?」
雲を突き抜けるの? 大気圏を超えて星になるの? 灰になるの?
私知らないの、だから教えて。
泣いていたかと思えば笑って、そんな不安定な様子も風に乗って浮遊するように飛翔するカモメに見えた。
守ってあげたくなるような仕草や笑みに、いちいち胸がざわめいて焦ったが、押えこみながらキリヤは囁いた。
答えなんて知りもしないのに、たぶん、と囁く。
「海に沈むんです。 泡になるでもなく溶けるでもなく、沈んで永遠になるんです」
口から飛び出したのは、ひどく青く、恥ずかしい嘘だった。
ちょっとした冗談だと思ってくれれば幸いと思ったのだが。
信じたのかあえて騙されたのか、カモメの彼女は風で暴れる髪を耳にかけながら、小首をかしげて「いいなぁ」と笑った。
「永遠かあ、そうかあ。そうしたらきっと、神様もカモメと一緒に海の底にいるのね」
「そうですね」
「ねぇ、君」
「はい?」
「私と一緒に永遠を捕まえに行かない?」
その時、一緒に死んでくれない? 愛しているの。と聞こえた気がした。
けれどもそれは、幻聴だ。
「海へ? 永遠を?」
「そうよ」
無邪気に彼女は頷く。
砂や貝殻をさらっては引いていく渚のサンドアートを眺めていたキリヤだったが、
ふと彼女の怯えが滲む幼げな瞳を覗き込むと、白い柔らかな手を取った。
「カモメのお嬢さん、貴女となら喜んで」
青は広く、深かった。
音は無く、差し込む光がゆらゆらと水中に模様を映し、鱗を光らせる魚が二人を死んだ目で見守る。
世界の果てへ翔けようとする彼女を引き止めて、キリヤはキスをした。
口の端から溢れた泡沫が空と海が溶ける地平線へぷかりぷかりと去っていく。
彼女は、せめて冷たい海の中でも羽ばたきたかったのかもしれない。
けれど二人は抱き合いながらゆるやかに流れる時に身を任せ、息が続く限り凍えた唇を重ねていた。
「永遠はなかった」
海水に濡れて砂だらけになったワンピースを握りしめて、みすぼらしくなってしまったカモメの彼女は嘘吐きと嘆く。
「ガラクタしか沈んでいなかったじゃないの」
砂浜に座り込んで下唇を噛み締める姿は駄々をこねる子供と同じだった。
キリヤは本当に信じていたのか、と少し呆れながら笑う。
「カモメのお嬢さん。永遠ってね、実は何処にでもあるんですよ」
「じゃあ何処にあるの?」
「愛ですよ。永遠の愛を捕まえればいいんです」
キリヤのジョークに、彼女はツンと唇を尖らせて、やっぱり貴方って嘘吐きだわ、と言った。
「愛だってガラクタじゃない!」
彼女はそう吐き捨てて、砂浜とキリヤの前から去っていった。
それきり若い二人が巡り合うことは二度となかった。
だがキリヤは、彼女が欲した永遠を容易く手に入れていた。
おふざけのジョークだったのに、とキリヤは痛む胸を押えて苦笑する。
――彼の恋心は、今も海底のジャンクと共に永遠を彷徨い揺蕩っている。
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m@terial. IRUSU